【48kgの飲料水、5階、そして地獄の一言】
SNSでとある投稿が話題になっていた。
配達員の女性が、48kgの荷物をエレベーターなしの5階まで何度も運んだ。
すると受取人が「やっぱり1階にして」と言い出し、それに“嫌な顔をした”彼女に対してクレームを入れたという。
エレベーターのない5階建てマンション。飲料ケース4箱、総重量48kg。
それを、女性配達員が何往復もして届け終えた瞬間、告げられた一言。
「すみません、やっぱり1階の親のところにしてもらっていいですか?」
そして、その表情に「態度が悪い」とクレームが入ったという。
あの日、彼女が本当に悪かったのは“顔”だったのか。
それとも――。
営業所で荷物を見た時から、嫌な予感がしていた。
パレットの上に鎮座する、どでかい段ボールが4つ。
1Lのペットボトルが12本ずつ入った、完全に筋トレ用の塊。
それが4箱。48kg。どう見ても、冗談じゃない重さだった。
「……これ、全部で1件分?」
横目で伝票を確認して、静かに絶望する。
エレベーターなし。5階。
この四つを、あそこに……? この私が、階段で……?
まずは一個。それが地獄の序章だった。
重い。普通に腰が鳴った。やばい。
一歩、また一歩。段ボールの中の水が“ぐにゃ”と動いてバランスを崩す。
1階、2階、3階……エレベーターが欲しい人生だった。
ようやく5階。インターホン。反応なし。だが直後、ドアの向こうから気配。
「すみません、ちょっと待ってもらっていいですか? 他の荷物もあるので」
二往復目。三往復目。笑顔なんて出ない。
階段の段差が、さっきより急に感じる。
額の汗がぽたぽたと段ボールの角に落ちていく。
呼吸が荒い。喉が渇く。でも、手は離せない。
三つ目の箱を玄関前に置いたとき、自分の表情が“無”になっているのが分かる。
ラスト一往復。そして、運命の一言。
腰が本格的に悲鳴を上げた。
よし、これで終わる。そう思っていた。
インターホン。開いたドアの向こうから聞こえた一言。
「すみません、やっぱり1階の親のところに置いてもらっていいですか?」
時が、止まった。
顔には出すな。顔には出すな。そう思った。でも……。
その日の夜、「苦情」が入った。
営業所に連絡が入ったらしい。
「あの配達員、嫌な顔をしてた。態度が悪い」
ああ、やっぱり。あの時の顔、出てたんだな。
でも、あれが“態度が悪い”って言われるのか。
営業所に戻った私に、先輩がポツリと聞いた。
「お前、今日苦情入ったってマジ?」
「……顔がムカついたらしいです」
「それ、俺もある」
顔が悪いとクレームが入る世界。
私たちは、表情まで“演技”しなきゃいけないらしい。
顔って、そんなに罪か。
疲れたら目が虚ろになる。
体が限界なら口角は下がる。
でも、それを「不快」と言われる。
じゃあ、どうすればよかったんだろう。
別の日にも、こんなことがあった。
「再配達、19時までって書いてあるけど、今19時半。お願いできませんか?」
→断る→「冷たい態度」と苦情。
言葉じゃなく“温度”で評価される世界。
あなたが見た“あの顔”は、何だったのか。
怒りか、呆れか、絶望か。
それとも、すべて混ざっていたか。
でも、ひとつだけ確かなのは――
あれは、戦っている人間の顔だった。
だからこそ、私は今日も働いている。
また誰かの5階へ、エレベーターなしで登るだろう。
そしてまた、誰かのクレームになるかもしれない。
それでも。
最後に、本当に最後に。
顔には出すな。感情は見せるな。文句を言うな。笑顔で届けろ。
でも、その“顔”は、全部、私の人生が作ったものです。
もしそれが気に食わないなら――
配達、代わってくれませんか?
終わりに。
たとえ顔がムカつくと言われても、私は、今日も配る。
なぜなら、この顔しか、持っていないから。
この顔で、汗をかいて。怒られて。笑ってきたから。
だから私は、今日もこの顔で、荷物を運ぶ。
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