前回までのあらすじ
彼はいつも同じ時間に現れる。あ
ドアの前に荷物を持ち、微笑まず、ただ“届ける”という行為に全てを懸けている。
だが、ある日——呼び鈴の向こうに“誰もいない”という不在の闇が広がっていた。
ピンポン、ピンポン、ピンポン。
返事はない。世界は、沈黙した。
そして彼は知ることになる。
この街には、「時間を守らない者たち」が潜んでいることを——。
いったい彼らはどこに消えたのか?
——これは都市伝説ではない。日常である。
彼ら、すなわち「時間指定してるのになぜかいない人種」。
彼らは時間指定をする。
律儀にネットのフォームにチェックを入れ、ときに備考欄に「インターホン鳴らしてください」とまで書く。
鳴らす。出ない。……じゃあ何のためにそれ書いたんだ。午前必着とまで書いてある。電話しても出ない。何事なのか。
家の前には自転車、洗濯物、犬。
生活感があふれている。いる気配は濃厚に漂っているのに、いない。
まるでホラー映画のワンシーンのように、こちらだけが認識されない世界線。
4日会えない人もいた。
会いたくて会いたくて、何度か電話もかけた。
流れる音声は、機械的で聞き慣れた留守番電話。
この問題の本質は「約束のすれ違い」だ。
“自分の都合のいい時間”と“他人の都合のいい時間”がピタリと合う確率は、
カップラーメンにちょうどいいお湯を注げるくらい難しい。
いや、不在票をピッと投げてポストに入れるくらい…。これは無理か

午前指定、それは一見平和に見えて
配達員の1日は、「午前指定」から始まる。
この言葉の響きはどこか穏やかで、
「午前中なら家にいますよ〜」という善意の香りすら漂わせてくる。
だが実態は、不在率の高いトラップゾーンである。
まず、「午前指定だから8時に来てください」という無理ゲー要望。
えーと、営業所のスタート、8時30分です。
タイムマシンでも使って荷物を先に転送しろって話でしょうか。
そして次に、「荷物が来ること知らなかったです」パターン。
こっちとしても知らねーよ。
送り主が勝手に午前指定にしてるだけで、受け取る側の気持ちなんて知る由もない。
でも、赤い時間指定ピンは地図にしっかり刺さっている。
そのピンを見るたび、配達員は思う。
「……ここは戦場だ」と。
朝の戦い、そして祈り
朝の渋滞をかいくぐり、寝ぼけた脳にコーヒーを注ぎ込みながら急いで向かう。
インターホンを鳴らす。反応なし。
あの…一軒目の不在は割とダメージあるんです。こういう時は続くんですよ、不在のスパイラル。
家の前には、風に揺れる洗濯物。
「……トイレ中かな?」と自分をなだめる。
だが、車はない。チャイムを鳴らし続けても、ただ風の音だけが返ってくる。
もしくは親の仇とでも言わんばかりに吠える犬。
「午前指定で不在」という現実。
それはもう、心が何度でも壊される儀式だ。
それでも、届ける
午前指定。それは一見、平和な顔をして、
配達員のテンションとスケジュールを一発で地獄に叩き込む時限爆弾。
だがそれでも、俺たちは朝に立つ。
鳴らす。走る。届ける。
たとえ待っているのが、人ではなく、干してある洗濯物だけだったとしても——
それが、配達員という生き物なのだ。
次回予告
【不在は片思い?19時過ぎのシンデレラ】
ピンポン、鳴らす。反応はない。時計の針は19時をまわっている。
受付時間はとっくに終了しているのに、鳴る再配達の電話。
彼女(もしくは彼)は言う。「今なら家にいます」——そう、まるで魔法が解けた後のように。