前回までのあらすじ
人糞を踏んだり午前指定はいなかったり犬に蹴られたり、文字通り踏んだり蹴ったりの日々を送っていた
山田は再配達地獄にいた。
何度ピンポンを押しても出てこない家。時間指定を守っても不在。
彼には更なる試練が待ち受けていたのであった。
■ 見えない、がそこにある
インターホンというのは、本来「分かりやすくあるべきもの」だと思っていた。
だがそれは幻想だった。
ある日、とある住宅街の一角に建つ新築めいた一軒家。
配達先。時間指定あり。初訪問。
私は軽バンから荷物を持ち、歩を進める。
そこには玄関らしきものがあった。ドアもある。表札はない。ポストは、……ない。 そして、インターホンも——ない? いや、ないわけではなかった。 ただ、それは“あるように見せていなかった”のだ。
■ それは装飾か、罠か
視界の端に、違和感があった。
玄関脇、木目の外壁に埋もれるように配置された、縦10cm×横3cmほどのプレート。
目を細めると、うっすらと凹凸。
…押せる。たぶん、これはインターホンだ。
「お前、隠れる気満々だっただろ」
思わず声が漏れる。
壁と完全に同化したその形状。 装飾のような存在感のなさ。
インターホンというより、隠しスイッチだった。 押してみる。……無音。チャイムが鳴らない。
あれ? あれれ? 二度押す。三度押す。静寂。
ノックしてみる。反応なし。
そのとき、背後で自転車のブレーキ音がした。 「すみません、さっき押してくれました?」 現れたのは、依頼主らしき女性。
「いつも出られなくて、みなさん帰っちゃってるんですけど……」
うん、それはね。 それもそのはずだよ。
だって見えないし、鳴らないし、誰も気づかないんだよそのインターホン!
■ なぜそんなところに、なぜそんな風に
「うちのインターホン、外観を損ねないようにってデザイナーさんに…」 なるほど、それは理解できる。
だが、ちょっとした遊び心が、配達員にとっての地獄を生むこともあるのだ。
これは一種のトリックハウス。 “そこにあるのに存在しない”装置。
「あるけど、見えない」 「押せるけど、鳴らない」 配達員にとってそれは、「ない」と同義だ。
私はこれまでに
・インターホンが玄関の側面にある家
・タイル模様に完全擬態した家
・ピンポンが「PUSH」でもなく「押すな危険」でもなく、ただ「花」と書かれたボタンだった家 に遭遇してきた。
・草木がインターホンを守るかのように生い茂っていてちゃんと探さないと見つからない家
だが、この家はその中でも圧倒的に強敵だった。
■ それでも配達は止まらない
配達という仕事の面白さは、こうした「探す旅」にある。
住所はひとつでも、家の形は無数。
表札のない家、ポストのないマンション、鍵の壊れた宅配ボックス。
毎日がミステリー。
そしてインターホンは、その謎の最前線にある。 今日も私はピンポンを探して走る。 隠されたスイッチ、沈黙するチャイム、無表情な扉。 そのすべてに、物語がある。
■ 結論:インターホンは「見える場所」に「鳴るやつ」を
家づくりは自由だし、美しさは大切だ。
だが、インターホンは命綱。
来訪者との唯一の接点。 それが機能していなければ、あなたの元に届くべき荷物は玄関前まで来て、去っていく。
この一件を経て私は、インターホンの位置を瞬時に察する能力に開花したのだ。
私たちは、インターホンという見えない敵と、日々静かに戦っているのだ。
【本日のまとめ】
インターホンが見えない家は、家じゃなくて迷宮。
あなたの宅配を「現実」にするために、どうか1cmでも良い。主張してほしい。
——それが、配達員からの、心からのお願いです。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
ピンポンの音バリエーション多くて押すの割と面白いよ。 たまに違う音がダブルで鳴る家とか意味わからないもんね。