【配達員のリアル #09】玄関は鼻で語る 〜配達員、嗅覚崩壊す。〜

配達のあれこれそれどれ!?

前回までのあらすじ:
激戦区・集合住宅地帯を駆け抜けた男、配達員Y。
時間指定ラッシュの最中、彼が直面したのは段ボールではなく、「嗅覚の崩壊」だった。
そして今日も、また一軒……新たな“香りの館”の扉が開かれる——。


◆ 鼻を刺す、それは名刺代わり

配達をしていると、玄関のドアが開くその一瞬で、いろんな「人生の香り」と出会う。
玄関というのは本当に正直なもので、その家の暮らしの断片が、嗅覚という最もダイレクトな手段で語りかけてくるのだ。

まず多いのが「ペット臭」。
一歩ドアが開いた瞬間、こう、鼻の奥にダンクシュートされるような感覚。
猫や犬を飼っている方、誤解しないでほしい。配達員は動物が嫌いなわけじゃない。
でもあの、“濃縮された湿ったアンモニアの風”みたいなのは、純粋にすごい。
ここは動物園か?と錯覚するレベルの家庭に出くわすと、もう名札じゃなくて鼻で覚えるしかない。

◆ 生活臭、それは人生の履歴書

ある家では、唐揚げの油と湿気が混じった「茶色い香り」に包まれた。
またある家では、カビと洗濯物とインスタントラーメンの気配が混在する「独身男サウナ」の香り。
嗅覚の情報量は圧倒的だ。どんなインテリアよりも、どんな表札よりも、その家の暮らしを語ってくれる。

特に「掃除がされていない家」は、嗅覚の暴力だ。
玄関というのは、本来もっとも空気が外気に近い場所のはず。
なのに「ここで息を止めないと鼻が死ぬ」と思わせる強烈さは、もはや文化財級。
たまに、マスクの隙間からでもニオイが刺してくる“上級者向け”の家もあり、そのとき私は、心で泣いている。

◆ 他人のニオイはなぜキツく感じるのか?

ここで豆知識。
人間の嗅覚は「慣れ」に非常に敏感で、同じニオイに長く触れていると「それが普通」になる特性がある。
つまり、住人本人はもう気づかないが、外から来た人間には全開で感じるわけだ。

さらに、嗅覚は「記憶と感情」に直結している。
「昔住んでたあのアパートの臭い」「小学校の下駄箱の香り」など、嫌な記憶とリンクすると余計にキツく感じる。
だから「他人の家のニオイ」は、ただのニオイ以上に、心理的にきついのだ。

◆ 自宅が“香る家”になってないか?

私はふと思う。
こうやって他人の家を「うわー」と思いながら巡っているが、自分の家に帰ったとき、私は本当に“無臭”なのか?
いや、むしろ「これが普通」になっていて、他人からすれば「ハクナギくっさ!」なのでは?

怖くなって猫たち(ハクとナギ)を嗅いでみた。
……うん、ハクはいい匂い。でもナギ、おまえちょっと肉球周りとお尻周りが…臭いぞ…
無自覚な生活臭というやつは、本人だけが気づけない。
たまに家族や友人に嗅がせたほうがいい。いや真剣に。

◆ 消臭剤よりも、掃除よりも、まず“鼻”を疑え

ここまで書いておいてなんだが、人間の鼻は意外と当てにならない。
というのも、自分の家のニオイにはすぐ“脳がバグって慣れる”からだ。
だから、消臭スプレーやアロマでごまかす前に、まず換気。そして第三者の鼻を信じるべきだ。

それでも気になるなら、いっそ配達員を呼んでみよう。
荷物は受け取れ、空気もチェックしてもらえる。一石二鳥だ。
その代わり、「うっわ」って顔をされたら……気づかないフリしてそっと風を通してくれ。


◆ おわりに

ニオイは、記憶よりも本能に近い情報だ。
どんな言葉よりも、はやく人の心に届く。
だからこそ、配達員という“他人の玄関に日々立つ人間”は、今日もいろんな香りに揉まれながら、心で叫んでいる。

お願いだから、玄関だけでも……息が吸える空間にしておいてください。

意見・コメント・通報は、玄関を開けた瞬間に私の目が泳いでいたら、それが答えです。

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